「あれ……?」

いつの間に寝ていたのか、ふと目を開けると

外はすっかり暗くなっていた。

「…………」

泣きはらしたせいか、目の周りが少し痛い。

やだな……腫れないといいけど。

「腫れる……か」

未だにそんなことを気にする自分に、少し笑ってしまう。

これからムリヤリ調教されて、どこの誰とも知らない男の元へ

売られる身だって言うのに。

いまさら目が腫れる程度、なんてことない。

「…………」

多分、数年経ったら飽きられて捨てられる。

その後はどうなるんだろ……風俗?

それとも、内蔵を売られたりするのかな?

どうしよう。

もう、死んじゃった方がいいのかも。

生きていたって、これからの人生は地獄になるみたいだし。

死んだって、誰も悲しまないよね?

「どうしよっか……歌音」

けど、多分あの子なら。

都合の良い妄想かもしれないけど……私がいなくなったら、

泣いてくれるかもしれない。

それを考えると、少し嬉しくて……そして、とても悲しい。

なんで?

どうして、私がこんな目に遭わなきゃならないの?

私が何をしたって言うの……?

『可哀想な子だ』って、誰か手を差し伸べてくれても

良いんじゃないの?

「ひ、ぐっ……」

あ……だめ、また涙が出てくる。

あんな……あんな、ゴミクズのせいで

泣きたくなんてないのに。

死にたくなんて……ないのに。

「……殺して、やりたい」

ポツリと呟いたその言葉が、なんだかとてもしっくりと来る。

そうだ……私は、殺してやりたいんだ。

あいつら全員を。

明確に存在する、理不尽の塊を。

「でも……」

そんなことは、そう上手くいくはずが無い。

クソ親父だけなら、寝込みを襲えばどうにかなるかも

しれないけど。

あの借金取りの男は、ダメ。

チンコを咬みちぎってやるくらいしか出来そうに無い。

だからって、まともにやったら殺されるのは私だろう。

「一体、どうすれば……」

そう考えながら部屋を眺める私の目に、パソコンが入る。

まだお父さんが生きてる頃、

『今時の子供はパソコンが使えないとダメだ』

と言って、買ってくれた物だ。

ずいぶん良いのにしたみたいで、

お母さんにこっぴどく怒られていたのを思い出す。

……お母さん、か。

あの頃からもう、お母さんは私のことが邪魔だったのかな?

「っ……」

それを考えると、胸が強く締め付けられる。

「…………」

少し時代遅れになっちゃったけど、

これにはお父さんとの大切な思い出も

たくさん詰まっているんだよね。

おもむろに、電源スイッチを押す。

カリカリと音を立てて起動するパソコン。

「『自分から行動しないと、何も変わらない』……か」

今日の帰り道、あの女の子に言われた事を思い出す。

あの子がどういう目的で、私のことを調べたのか。

どうして私に話しかけてきたのか。

それはわからないけど……。

「えっと」

ブラウザを立ち上げ、検索ワードを入れる。

あんなのは、ただの都市伝説に過ぎない。

そうは思っていても、なぜか私は確信していた。

……サイトはある、と。

「これ……?」

1番上に表示されたページにアクセスする。

すると、契約文と共に是非を問うリンクが出てきた。

1.心から願う望みを叶える力を望む。

2.それは、何を犠牲にしてでも叶えたい。

3.それは、自分の命も含まれる。

そんな、脅しのような文章の後に、こう続けられていた。

『4.それは、2人の男と肉親に対する憎しみからの願いだ』

……と。

「……なっ!?」

そして、その文章の最後は、こう締めくくられている。

『以上の内容を踏まえても願うのならば、以下のリンクを

 押してください。             神浦小夜』

「神浦、小夜……!?」

もしかして、あの噂の張本人が金髪の女の子?

驚いた半面、なぜか『ああ、やっぱり』と感じる。

彼女のまとっていた、あの普通じゃ無い雰囲気。

そして、知り得ないはずのことを口にした事実。

私は、ためらうこと無くリンクをクリックする。

「え……?」

切り替わったページに写っていたのは、画面一杯の図形。

いや、図形というか。

「魔法陣……?」

そんな、複雑極まる紋様だった。

「これ……だけ?あれ?」

画面をスクロールしようにも、それ以上ページには

何も存在していない。

その奇妙で美しい紋様には素直に驚嘆したが、

当然それだけでは願いなど叶うわけがない。

それ以上に、具体的な叶え方が

何一つ書かれていないのだ。

「なにこれ、どうしろっての……!?」

色々調べてみるも、それ以上ページに仕掛けはないらしい。

それどころか、先ほどの契約文のページも削除されたようで、

NotFoundになってしまう。

絶望的な気分に浸りながら、私はそっとブラウザを閉じる。

やっぱり、都市伝説は都市伝説だったんだ。

もしかしたら、あの子も単にネットで見かけたこの名前を

口にしただけかもしれない。

……そう、思っていたのに。

【詠】



【詠】



【詠】





【詠】








【詠】










【詠】





【詠】





【詠】







【詠】









【詠】


【詠】






【詠】





【詠】





【詠】









【詠】




【詠】






【詠】



【詠】


【詠】







【詠】

「望みは、なんですか?」

「えっ……!?」

いつの間に部屋に入ってきたのか。

学校帰りに出会った、神浦小夜さんが私の前に立っていた。

その姿は、少し雰囲気が違って見えるけど……。

間違いない、あの子だ。

「なっ……ど、どこからっ!?」

「今はそんなこと、気にしないでください。
 僕が聞きたいのは、ひとつだけです。
 ……あなたの望みは、なんですか?」

「のぞ、み……」

その突然のことに逡巡するけど、

わずか数秒でその迷いは吹っ切れる。

言ってみよう……例え、何が変わらなくても良い。

私に勇気があれば、そこから始まるかもしれないんだ。

「……殺して欲しい」

「誰をですか?」

【???】

【詠】





【詠】

【小夜】



【詠】





【詠】

【小夜】

「今の父親と借金取りのクズ。それと……」

口にするか少し迷ったものの、結局はあの人も

私を捨てたという意味では同じなんだ。

「母親も」

そう口にした途端、

何か大きな重荷が下りた気分を味わう。

「そうですか。わかりました」

「……あなたが、殺してくれるの?」

「いいえ。僕は直接手を下しません。
 その代わりに、叶えられる力を授けます」

「力を……?」

「はい。詠さんが3人の殺害を望むのであれば、
 それは詠さんが自分の手で行ってください」

「え……?そ、そんなっ!」

それだと話が違う。

そもそも、願えばなんでも叶うんじゃなかったのか?

「イヤなのですか?」

「と、当然でしょ?自分で殺しちゃったら、
 犯罪者になって警察に捕まるし―――」

「ならば、その警察に保護してもらうよう
 頼めばいいのではありませんか?」

「それ、は……」

別に裁判になろうが、どうだって良い。

それよりも、もしも大事になってしまったら

歌音に知られてしまう。

私のされていたこと。

そして、それをずっと黙っていたことを。

そうなった時に、歌音はなにを思うだろう?

私を責める?……ううん。多分、自分を責めるはずだ。

理不尽な怒りと悲しみを抱えるのは、私だけで良い。

歌音は関係ない。

だから、それは……。

「どうなのですか?」

「……だめ、できない。自分の手で殺してやりたいのは
 確かだけど、それは無理なの」

「わかりました。それならそれで、構いません」

「え……」

女の子……神浦さんは、あっさりと引き下がってしまう。

「ですが、詠さんとの契約は既に完了しています。
 あとはもう、あなた次第」

「私次第……?」

「願いを叶える力を望むのならば。
 その時は、きっと応えます」

「応えるって、何が……?」

そんな、私の質問には答えずに。

「それでは。
 願いが叶ったときに、またお会いしましょう」

【詠】



【詠】



【小夜】

【詠】

【小夜】


【詠】

【小夜】


【詠】



【小夜】

【詠】


【小夜】


【詠】











【小夜】

【詠】


【小夜】

【詠】


【小夜】


【詠】

【小夜】


【詠】


【小夜】

そう言って、一瞬のうちに目の前から姿を消す。

気づくと、窓が少し開いていた。

「え?ちょ、ちょっと……神浦さん?

 神浦さんっ!?」

けど、何度呼んでも彼女が戻ってくることはなくて。

私は独り、途方に暮れる。

「望めば応えるって、そんなこと言われても……」

神浦さんの消えた空間に向かって、小さく呟く。

「……願いが、叶ったとき」

それは当然、私がこの手を汚したときだろう。

そこでまた会える?どうして?

「…………」

微かに見えた、一筋の光。

それをまた見失いそうな私は。

「自分の、手で……」

そうして私は、

灯り始めた別の光を胸に抱き。

再び布団へと潜り込んだ。



【詠】




【詠】


【詠】



【詠】



【詠】

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